父のこと

子供の頃の記憶をわりに覚えている方だったが父親の事となるといまいち思い出せない。
きちんとした人ではあった。ただ職業柄家にいない日が多かった。そのためにそこそこ広い家に一人で過ごすことが多く、またたまに帰ってくる父は疲れはてて、部屋で何本もタバコを吸っていた。
わたしの記憶のなかで父の書斎はタバコの煙で白くけぶっている。
恐ろしい虎のようにも見えたが、長期休暇になるとかならず休みをとって、私たちをテーマパークへ連れ出してくれた。小さすぎてパレードを見れない私たちを抱き上げて見せてくれた。かわいいキャラクターの描かれたキーホルダーが、パレードの光にちらちらきらめいているのを今も思い出す。

父のくしゃくしゃに笑った顔が好きだ。
仕事で帰れない日は家のなかの頼りなさに泣いて、家にいてくれる日は安心して眠れた。父のいない日は煙のない部屋で父の持っている漫画を読んだ。
服装などにもうるさい父親のことをいまだに少しは煙たがってしまうが、基本的に父のことを嫌いにはならなかった。
私も大人になって、あの頃の父親のように家にいない日が続いている。そうして父は年を取り、恐ろしい虎は老いて優しい笑顔を浮かべるようになった。
それがとてつもなく寂しく、あと何度この笑顔を見れるのか、私にはわからない。
後悔をしないように生きていたい。親孝行なんてすこし気恥ずかしくてかゆい単語を臆面もなく出して私は父を思う。
なにをしてあげられるだろう。
この長いときにわたって、助けてくれてありがとう。怒りっぽかったのは怖かったけど。
父はそういう人だ。